遣明船による勘合貿易のルート   (20210904)

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 南海路の寄港地に「海部」がないのは疑問です。イメージとして、図を掲げておきます。

 勘合貿易というのは、日本だけではなく、東・東南アジア全域に広がる、非常に大きな貿易圏でした。

 日本史ではこのような図になりますが、これだけでは不正確と言えます。
 琉球が大きな役割を担って、東・東南アジア全域に広がるこの貿易圏を、走り回っていたのです。

 東・東南アジアに広がる勘合貿易圏(下に続く・追加)


出典: 勘合貿易とは - コトバンク (kotobank.jp)


村井章介『海から見た戦国日本』ちくま新書1997、p67によれば、

勘合貿易圏にあったのは、

安南(ベトナム)、チャンパ(ベトナム)、シャム(タイ)、
ジャワ(インドネシア)、朝鮮、マラッカ(マレーシア)、スマトラ(インドネシア)、カンボジア、
ブルネイ、パレンバン(インドネシア)

と、極めて広範囲に及んでいます。

出典:朝貢貿易 – 世界の歴史まっぷ (sekainorekisi.com)