浅見先生  (返信2)           (2016.1125送信・サイトUP)


                       送信済みリストに戻る


ええっと、村井先生に対して失礼な文面になっておりますが、私の失言であります。
読まれる方は、原本を確認してください。村井先生、ごめんなさい。

鄭和の遠征による「脅迫」で、東南アジア諸国からの朝貢が始まった、
という理解でいいのでしょうか?遠征の状況を確認しておりません。未解決問題です。

私の頭の中では、遣明船貿易の開始と鄭和の遠征の時期とが、ずれていました。

どちらにしても、インド洋の人々の方が、早くから中国に来ていたのだ、と思っていました。


参考:現代中国の真珠の首飾り戦略




以下が返信です。

***

ザビエルに関しては、従来、キリスト教の日本布教
という方向からの記述ばかりでした。

そこへ私のような、スペインの太平洋航路開拓の動向、
という視点を持ち出すと、違和感があるのは無理もありません。

しかし、マゼランのフィリピン到達以降、
スペインは帰路開拓のために、どれほどの犠牲を払ったことでしょう。

 (それが日本では、よく知られていません。
  ビリャロボス艦隊の苦労は以下ページ・参考にした本あり)
http://kouro1565.html.xdomain.jp/dai4ji1542biryarobosu.html
    
それを知ると、ザビエルが、
アンボンでビリャロボス艦隊に会い、

「ビリャロボス艦隊に乗っていたトーレス神父」を連れて日本に来ながら、

メキシコに帰るための西風(東に向かう風)に関心がなかったら、
それは 不思議だ と思うのです。

そして一方、私の郷里では、実直な歴史家による史料改ざんのために、
風評被害をこうむっています。

また、江戸時代に、僻地にも関わらず、必要もないのに、
阿波藩の正規鉄砲隊が駐留し続ける、という奇妙な事態がありました。

これらについては、「添付ファイル」に疑問点をまとめました。

  それから、先生のご本のp13、「インド航路は明代初期に、
  永楽帝が鄭和に命じたことで開拓された」

  ですが、これが私には 「意外」 でなりませんでした。

  なぜなら、私は、「マラッカ」について、
  以下のようなまとめを作っているからです。
  http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/marakka.html

  インド洋は、古くからインド洋に面した国々の航路だったはずなのに、
  どうして鄭和の遠征によって開拓された、となるのですか?
 (中国の陰謀か、と思ったほどです)

  何故かわかりませんが、村井章介『海から見た戦国日本』ちくま新書
  では、鄭和の遠征は、一言しか触れていないので、

  私は、鄭和は落としてしまっていたのです。
  どうして村井先生は鄭和を抜かしているのでしょう。

  評価の違いが極端なので、びっくりしてしまいました。

以上、私の、太平洋航路開拓の秘密に関する「仮説小説」にからめて、
思うことを述べさせていただきました。

もし、目を通していただけるなら、大変ありがたいです。

久武喜久代   suisyou2006@nifty.com