大垣貴志郎 先生
元に戻る
20160917
この状況は何なのか、と、
サイトを見ている方々すべてが思っておられると思います。
私も状況を明確にしたいと思っています。
他者メールの公開はマナー違反と思っていましたが、
多少なりとも状況を前進させるため、頂いたメールを公開させていただくことを、
思いつきました。
許可をお願いし、お返事にNOがなかったので、
こちらもサイトUPさせて頂きます。
京都ラテンアメリカ研究所を介してのやり取りで、
メールが届いたのは16日です。 20160917
*久武喜久代様*
* お便りをいただきながらお礼の返信がおくれお詫びいたします。
大学は9月20日まで
夏季休暇です。わたしもこれを利用して海外出張をしておりました。*
北太平洋航路(大圏航路)は、レガスピがセブ島に到達したことと、
ウルネダが大圏航路でヌエバ・エスパーニャ副王領とフィリピンを往復したこと
はよく知られていますが
ご指摘の「・・・徳島県海部郡海陽町(旧海部)の人々が「参画した」という仮説・・・」
には大いに関心をひかれます。
*ご高説を伺い感謝しております。大垣貴志郎*
2016年9月13日 13:07 京都ラテンアメリカ研究所. <ielak@kufs.ac.jp>:
大垣貴志郎 先生
突然失礼致します。
ご存じないと思いますが、私のサイトページ名
「小説スペイン太平洋航路」で検索すると、
先生のご文章「日本とメキシコの交流400周年にあたって」
が出てきます。
1609年のスペイン船は、
太平洋を東向きに進んでメキシコへ帰ろうとしていました。
しかしこれは、北太平洋航路(大圏航路とも言う)が開発された1565年から、
すでに50年近く立っています。
日本ではなぜ、現在も重要な、この貿易航路の発見の話に、
関心がないのでしょうか。
私は、新しいサイトを立ち上げ、
歴史仮説小説の「あらすじ」「小説スペイン太平洋航路」を書きました。
http://kouro1565.html.xdomain.jp/
私の話は、その航路開拓に、私の郷里、徳島県海部郡海陽町(旧海部)
の人々が「参画した」という仮説に基づいています。
私の専門は歴史学です。やたら資料が付いております。
真偽のほどは、ある程度、勘案していただけるのではないかと思います。
この時代の小説では、すでに司馬遼太郎氏が、
長宗我部元親を主人公にした『夏草の賦』を昭和43年に出しています。
しかしそこに出てくる海部の描写はひどいものです。
また、海部の歴史を紐解くと、専門家の改ざんも、いくつか見られる状況です。
この仮説小説は、それに対抗する意味もあります。
目を通して頂けると大変ありがたいです。
久武喜久代 60歳 神奈川県 suisyou2006@nifty.com
*送信済みリストに、送信先の他、私のメールの内容も書いております。